自転車や毎日の出来事を書いています(^_^)
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IOデーターの無線ランが突然故障
SoftBankから送られてきてFONを使っていたのですがいちいちfonの画面が出てくるのがとっても不便
Aさんがやっぱりバッファローのが良いというのでオークションで購入(^_^)
今までは家の中全部には電波が飛ばなかったのですがこれなら大丈夫です。
流石ハイパワーというだけのことはありますね。
道路向かいの実家まで飛ばないかと思ったのですが無理でした(^_^;
デジカメですが先日スカイラインの浄土平で落としたのが原因か調子が悪かったです。
修理に出したら、レンズ、基盤、前面カバーを交換
液晶以外はほとんど交換ですね。(^_^;
修理は三回目、基盤も三回交換しています。(^_^;
ふと思ったのですが、デジカメは一年経たないで新製品が出ます。
私の使っているデジカメもマイナーチェンジでもう三代目
部品のストックってどれくらいしているのでしょうね。
今デジカメは修理代が高いので、大抵買い換えてしまいますから
まさか、修理が来てから部品を作るはずもないですから、廃棄も沢山あるでしょうね。(^_^;
[0回]
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午前中検査の仕事がありました。
予定より15分くらい出遅れてしまいました。(^_^;
まあ、それでも余裕かなと思ったのですが、高台にあり着いたのは検査に時間丁度でした。(^_^;
検査が終わってから母校の茨城キリスト教学園に行ってきました。
守衛さんのところで、受付をするほどでは無いかなと思ってスルーしたのですが、これがあとからちょっと問題に(^_^;
恩師がいる記念館に行ったのですが鍵が掛かっています。(>_<)
今日は来てないようです。
敷地内には幼稚園の建物や、大学の新しい建物が一杯(^_^;
すっかり変わってしまいました。
いつのまにか幼稚園も出来ていました。(^_^)
大学の建物も今年の4月から出来そうです。
前にも紹介した記念館ですが、鍵がかかって誰も居ませんでした。(^_^;
白井晟一が設計したサンタキアラ館です。
硝子が一部壊れていました。(^_^;
中を観るのは初めてです。(^_^)
電気が消えていたのですが、カメラのストロボだけでこれだけ撮れるのは凄いですね。
私の結婚式もここで挙げようと思ったのですが、丁度その日は予定が入っていました。
今では、年に一組くらいが結婚式を挙げていると言うことでした。(^_^)
アンネのバラです。
以下引用です。
アンネのバラが最初に日本にやってきたのは1972年です。
その前年、1971年に日本とイスラエルの文化交流のために合唱団がイスラエルを訪問しました。(「アンネ・フランクのバラ」の本の編著者は聖イエス会の方々ですので、合唱団というのは聖歌隊に近いのかもしれません。)
合唱団の方々は、イスラエルのレストランで偶然アンネ・フランクの父オットー・フランク氏に出会います。「アンネの日記」のことはもちろん合唱団の方々も知っていましたので、その時から合唱団の方々とオットー氏との交流が始まりました。そして1年後にはオットー氏の好意によりアンネのバラ10株が日本に送られました。
アンネのバラは正式な名前を「Souvenir d'Anne Frank」といい「アンネ・フランクの形見」と訳されています。
輸送事情の悪さから苗木の到着までに1ヶ月もかかってしまい、10株のうち9株が枯れ、1株だけが合唱団の一員で聖イエス会の創設者でもある大槻さんの庭に根付きました。この1株がアンネのバラと日本を結びつける最初の1本となりました。
アンネのバラはその後、大槻さんと「アンネの日記」を読んだ学生たちの交流からその存在が広く知られるようになりました。「私達もアンネのバラを育ててみたい!」という学生たちの希望を受け、オットー氏は更に10株のバラ苗を日本に送りました。この苗を園芸家や学生たちが接木をして増やしていった結果、現在では日本中でアンネのバラが栽培されるようになりました。平和学習、国際理解学習としてアンネ・フランクを取り上げた学生たちの多くが学校でアンネのバラを栽培しています。検索サイトで「アンネのバラ」をキーワードに検索してみると、各学校が「アンネの日記」を研究し”アンネ・フランクの形見”と名付けられたバラを大切にしている様子を知ることができます。
礼拝堂も綺麗になったから観てきた方がいいというの行ってみました。(^_^)
キリスト教の講演があるということでしたが、時間が無いのでパス
守衛の人が来て、写真を撮っていたので誰なのかと問い合わせがあったと言うことでした。(^_^;
卒業生と言うことを説明し次回からは受付をすることにしましたよ。(^_^;
02さんに行ったら派手な車が(^_^;
派手は車ですね。と言ったら自転車も十分派手ですよと言われてしまいました。(^_^;
[0回]
俺ちゃんが、大変な思いをしてステムを交換して届けてくれました。
シルバーのステムからブラックに変更
前はハンドルの角度が使いにくかったので今度はばっちりですね。
ギヤ比ですが、フロントのインナーが42Tリアが21T
の6速
これでヒルクライムを戦っていたのですから、昔の自分を褒めてあげたい(^_^)
二十年ぶりくらいに宮沢さんに電話をしてみました。(^_^)
年賀状のやりとりはしていたのですが、訪ねることも無かったので疎遠になっていました。
放射能のことを心配してくれていました。(^_^)
雑誌などにほとんど顔を出さないのですが、噂では競輪選手のフレームの制作がまにあわないとも聞いていました。(^_^;
実際、一時は納期が8ヶ月だったとか、注文を貰っても作れないないので広告も出せないと言っていました。(^_^;
かなり忙しく元気そうなので安心しましたよ。
フレームの再塗装のことを聞いたら、中が錆びて穴が空いたのが三件あったとか(^_^;
考えてしまいますね。
AVIDさんでみたチネリはスチールで8キロ台
今はパイプも軽いのがあるそうです。
昔は丹下とか決まったものしかなかったのですが、今は硬くて軽いみたいです
でも、その分耐久性は無いみたいですね。(^_^;
スチールと今のパーツで組んだらどんな感じに仕上がるのでしょうね(^_^;
風サイクルの店長の話をしたらかすかに覚えていました。(^_^)
お昼は青島で日替わりのソース焼きそばを食べたのですが、うーん、のびたうどんのソース味と言う感じでした。
あの麺に焼きそばは無理があるのかな?(^_^;
[1回]
今日は朝一で検査
それが終わってから塀の撤去の現場に行きました。
縦の鉄筋の間隔が長いのでやっぱり危険です(^_^;
今日のワイン(^_^)
香りも良いです
味も美味しい
これはお買い得ですね(^^)v
半値で640円ですからかなりお得感があります。(^_^)
フェウド・アランチョ・ネロ・ダーヴォラ'08
■ シチーリアI.G.T
■ ブドウ品種:ネロ・ダーヴォラ100%
■ 発酵:50%をステンレス・タンク、50%をオーク樽/
主醗酵後、ステンレス・タンクにてマロ・ラクティック醗酵
■ 熟成:オーク樽熟成 6ヶ月(225L、フランス産)
ムンダス・ヴィニ・インターナショナル・ワイン・アワードで見事金賞受賞!!
非常に豊かな香りが印象的。イチゴやカシスの果実に、黒胡椒のアクセント。
果実由来の甘みと上品な酸のバランス。ソフトなタンニンで舌触りが滑らか。
【ネロ・ダーヴォラ種】
シチーリア特産の黒ブドウ品種。適度な酸と豊かな果実の味わいで、近年人気上昇中の品種。イタリア国内でも非常に消費量が高い。
[0回]
予定より早めに西若松に着きました。(^_^)
ピナ男さんは初輪行
結構簡単でいい輪行袋を持っています。
奥様は「淫行袋?いやらしいことするの?」って言われたとか(^_^;
あり得ないし(^_^;楽しい奥様ですね。(^_^)
早めにホームにはいります。
快速なのでアテンダントが乗っていました。
観光案内、車内販売をしています。
とっても感じが良い人でした。
旅はこういうオプションで楽しさが倍増しますよね。(^^)v
会津高原尾瀬口に到着(^_^)
自転車を組んで出発(^_^)
峠を越えて道の駅
今日の上りはこれでおしまい?(^_^;
カズさんや純ちゃんが喜びそうな上りの少なさ(^_^;
蕎麦が美味しそうなので注文(^_^)
蕎麦はまあまあ美味しかったですよ。
蕎麦は先の曲家から取っていると言うことでした。
曲家です。こちらからとっているのですね。
古い橋の跡がありました。
茅葺きの曲家がありました。
ほとんどがとたんで茅葺きの上にふいているので貴重ですね(^_^;
結構こういうシーンも好きです(^_^)
前に行ったときはやってなかった川の駅
私はざるそば(^_^)
TOY_BOXさんはカルビ丼
ピナ男さんはチャーシュー麺
みーさんはラーメンを食べました。
(^_^)
お洒落な学校があったのでパチリ
ここまで来たら電車の音が(^_^;
急いでカメラを出しました(^_^)
みーさんも妖精のポーズ?
ちょっと無理があるかも(^_^;
自分でも照れて自転車を倒してしまいました。(^_^;
次の休憩所で哀史をゲット美味しかったです。
道の駅に到着(^_^)
柳津の赤い橋も良い感じ(^_^)
予定通り?暗くなってしまいましたが無事到着(^_^)
楽しい一日でした。
[2回]